読まなかった日記

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僕は人狼がしたくない、ばかりか僕の周りのゲーマーだってそんなにしたくない

ひとくくりに「これだから人狼は」というのはないし、そこまで積極的に嫌い、というわけではない。サークルの他の人も、なんで人狼したくないの、と聞くとと「いやなんか…」と曖昧な返事になったりする。ただ積極的にやるか、と言われると、いや他のゲームしますよね、となる。

それはさておき、取り上げられている事件で女性が泣き出したのは、単純に「うそをついて人を殺すなんて嫌! とくだんの女性が拒否反応を示した」みたいに、かんたんに解釈できるものでもないだろう。

文章から勝手に推測するしかないが、「この周りのゲーマーだかなんだかいうキモい人たちが何を言ってるかわからん! <ここで**シーオーなら**確定ですよね>とか、さっきからずっと意味不明! わたしはなんとなーくやってただけなのに、殺すの殺されるの、気持ち悪いし、それで決めたら決めたでなにその顔!」という感じなのかも知れない。どっちかというと、困った揚げ句泣いちゃった、というか、ゲームそのものじゃなくてその場のゲーマー圧が怖かった、というか。これだって、たんなる解釈ですが、以下その筋で思ったことを書きます。

周囲全員が「えっ」という空気出しちゃうのはどんなボードゲームでもありえる。「えっ、生産ですか…」とか。その空気が一人の人に負荷をかけてしまうことも、ありえる。ボードゲームのたのしみの一つは「ロジックの共有」だけど、それが共有できないまま座っている人には、つらい時間になる。人狼には盤面がないので、そのへんのロジックが見えづらいことは、嫌われる理由の一つかも知れない。

いろんなゲームで「えっ」というつらい時間はあるのだから文句を言うな、という話で片づけてしまうわけではない。けど、「人を殺すからダメ」「うそをつくからダメ」というシンプルな理由でフィルタするものでもなかろうよ、とは思う。

「嘘をついて自分以外を殺す」というゲームのテーマ性が、感情をドライブしやすくなるから、人狼みたいな過激なものはよしましょう、という運営的な判断は、あるかも知れない。それにしたって事故の可能性はゼロにはならないし、各論の積み重ねでしかないと思うのだが…まぁブログを書く人が減ってしまった今では、望むべくもないことかも知れない。(上に挙げたURLへの「ツイッターの反応」だかなんだかで、早速まとめができていたが、どれだけツイッターでの「批判」の筋が通っていても、ツイッターでピーピー言ってるよりも、ブログに書く方がまともだと思うよ。)

ボードゲームのことはここにあんまり書く気もないのだが、なぜ目に留まったかというと、こういった例でシンプルに「あー、この女性かわいそうだなー、殺すゲームなんかよくないよー」と思っちゃうのは、別の意味でサークル崩壊のリスクが高いのではないかと思……。…あ、いやいや…それは冗談としても、「僕は、殺す殺されるゲームなんてやりません!」って党派性を掲げちゃうと、その旗色で先鋭化してしまって、自分の趣味の寿命を削っちゃうことにもなるかもねー、と思ったから。

と、ここまで書いたが、私自身が人狼あんまりやりたくない理由は、自分でもよく分かってない。

感覚的に言うと、「人狼やりましょう」って言われると、半裸になって宴会ゲームとか心理テストみたいなのやらされるような気分になる。あーそうそう心理テストだよ。心理テストに一番近いよ。ボードゲームをたしなむ善男善女のみなさんは、そういうの、わりとお嫌いでしょう? そういうのはサークルの部室とか和民の座敷席でやってよ…という感じになる。でも、そういうのもたまにはいいかな、と思うから、たまにやる。そしてやると「これはしょっちゅう遊ぶもんじゃないよね」となる。

追記

くだんの記事、コメント欄に子供が沸いてるなー。「お前みたいのが何いっても影響力ないから!」みたいなのとか、言霊バトルの世界で生きてるなー。はやく大人になるんだよ。

これだから人狼はやりたくな…(あ、冗談です)。