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読まなかった日記

(w)rite/(c)ompile or (d)ismiss

9/30の生活雑記

ひとりで舞い上がっていた部分に制動が働いて「あ、そういうんじゃなかった」と我に返った。心理の働きすごい。というか、そうなることを考えて先に概念で安全装置を作っておいたのがトリガーになって働いた、みたいな感じか。ここが中学生と中年の違いだ。

リハビリの為にズビバヤバダシャバディビダ心に映りゆく由無し事を書いて行くのが良さそうだが、うっかり筆写などしてしまって、正当な引用の範囲を逸脱するとは古くからの日記書きとは思えぬ、そこになおれと鬼の面を着けた男に呼び止められ刹那、あなた真剣な面を下から割ると出てくるのロンリネス、ohこれは失礼しました、とこの辺りで息切れ、矢張りストックが尽きておる。

文体というものが関係を成立させるものだよ、ということは、これまでの経験から学んだことだ。

9/29の生活雑記

語学を寝る前と起きたあとにやろうとすると、ラジオを寝床とダイニングに置いておかなければいけない。朝からラジオとアイフォンをもって移動して、夜部屋に戻るときにまたラジオとアイフォンをもって行く、という生活になっている。

自分になんの権利があるわけでもなし、その人が健やかであってくれればいいはずではないか、と、頭ではわかっていても、なかなか心はそう動かないものだな。

新しくIDとメールアカウントを取って、完全にこのIDとは別の雑記を書こうかと思っている。

ひさしぶりにここに書いたが、ブログトップやばいな。生活情報と埋め草みたいな文章しかない。なにが「目からうろこ」なのだろう。

11/10(mo) の日記の断片

スーパーのお寿司、「実は父が…」、演説の巧拙、鼻そうじ、我が侭の解釈、黒豚と梨の焼き肉だれ、もやしとブロッコリー、「しまむらの客」、黒服の中学生、おはなしボランティア、豆のコーヒー。

1109(su) の日記の断片

見積もり、「品物」、抹茶アイス、ヴァニラアイス、ボンベ、談話室の蘭、マクロレンズ、一日違いの誕生日なんです、ネクタイの柄、難易度の高いスキーゲーム、階段のぼり運動、ヘイローを芝刈り機で破壊、エルリックサーガ、わかさぎの南蛮漬け、ラミーチョコ。

1108(sa) の日記の断片

フロントガラス、小雨、ごまと豚肉の乾麺パスタ、753、グランデサイズのソイラテ、古民家駐車場、点滴煙草、ここは駐車場ではありません、交代制、電話、アルバム、ティッシュ、ワンピース、ちがうちがう、この子もサバイバー、抹茶アイス、別のズボンです、傾斜30度、ヤマカワさん、ヴァニラアイス、牛肉・とろろこんぶ・つくだに、握手、アルバム、さや豆、そば、カキフライ、死んだ土地。

1108(fr) の日記の断片

置いてた自転車、叔母さん、パン食、再整理、台車と段差、Amazon、逸ノ城、福岡マラソン、肥後銀行、家族のためのしおり、絨毯、ラーメン、山葵、静けさ、反抗、最後の反抗、次の関係に続く、輝ける七つの海、小狡い安堵、私への悪口はいつかの誰かへの私の悪口、段ボール。

11/3(Mo) の日記

父親が弱ってきて、新しいモードで母親と話すようになると、あぁ、そういうことを考えているのか、と思わされることが増える。抜粋。

  • 他人から見て「それ筋がおかしくね?」と言いたくなることは、きょうだいの間で不問にされている。逆に言うと、きょうだいの間で「なんとなく」で済ませていることが、他人を不用に悩ませ、態度を硬化させる。
  • 毎度のことながら人は相談をするとき相談相手の話を聞かない。
  • 会話のモードを変えることが重要だ。田舎者として「なんとなく」「通じるだろう」で人を困らせて死なないためには移動しつづけなければならない。

なんと情のない記述。

「悲しい」とか「辛い」とかいうのはものすごく個人的な経験なんだから、それをそのまま「悲しい」って書くわけないじゃないですか、と思っているのだが、インターネットでやすやすと「悲しい」「辛い」を表明している人を見ると、そうでもないのかな、と、自分の頭のほうがどうかしているような気がしてくる。

親が弱るのは、想像しているよりも早い、あんまりだ。そう思った瞬間、我に返って、これはこれまで無数の世の子供が通ってきた道、なんと凡庸な、と考える。それだけならまぁ、私がちょっとひねくれているというだけの話かも知れない。しかし、あんまりだ、と思うのが真実なのと全く同じ重さで、家に帰って飯を食って一息ついたときに「あの人(父)はだいたいね…」と母との間で始まる会話も真実だ。現実のそういう複層性を知っていたら、個人的なことなんて、簡単に告白調で書けなくなると思うのだ。